1 :2021/12/22(水) 04:17:19.11 ID:FgOKJILO0●.net
「昭和の価値観を引きずっている」「アップデートできない」──なにかと揶揄されることが多い「おじさん」。特に、多様性の大切さが叫ばれるようになった近年、「おじさんは多様性への理解がない」といった意見が少なくありません。
「さようなら、おじさん」「脱おじさん社会」のように、「おじさんは多様性になじまない」といったメッセージが多く流れる中、本来、さまざまな違いがあることをよしとするのが多様性のはずなのに、それとはなんとなく矛盾するメッセージに、居心地の悪さを感じている人も、いるかもしれません。
(中略)
自分のことを「おじさん」だと自覚するようになってから、実は、世の中からの「風当たりの強さ」を感じるようになりました。
もっとも強く感じるのが「多様性」に関する事柄です。「おじさんは多様性がない」と。「なんでおじさんって、デリカシーがないの?」と。
ただ、それは仕方のないことなのかもしれません。先の東京オリンピックでは、おじさんが起因した問題がたくさんありましたし、政治家をはじめとしたおじさんからの、多様性の配慮に欠ける言動も多々ありますからね。「なんで、そうなっちゃうかなぁ?」と、ボクも思うことがしばしばです。
しかも、そのおじさんが権力を握っていたりするから、なおさらですよね。多様性の配慮に欠ける発言に、一人のおじさんとして「ごめんなさい」と思います。
一方で、多様性って、さまざまな違いを「よしとする」ことのはずなのに、「おじさん」とまるっとひとくくりにされ、「これだからおじさんはダメだ」「さようなら、おじさん」「脱おじさん社会」のように言われると、ちょっと悲しい。
たしかに、おじさんには悪いところもあるかもしれない。でも、「そんなに怒らないで」なんて、思っちゃう。なんとなく「多様性に含まれていない」感じもします。
多様性以外にも、「おじさんはアップデートしない」「おじさんは過去の成功体験にしがみついている」「おじさんは自分の価値観を押し付けてくる」「おじさんは他人の話を聞かない」「おじさんは……」「おじさんは……」みたいな話が結構あって。
おじさんを自覚するようになったいま、その風当たりは想像以上に強くて、冷たいなと感じています。
(中略)
いま、日本は人口減少社会です。労働力人口が毎年減っています。そこで、「定年を延ばす」といった政府の動きがありますが、おそらく今後は、いままで以上に多様な人達といっしょに働くようになっていくんだろうなぁって思っています。
おじさんといっしょに働く機会も増えることでしょう。
そのような動きの中で、「これだからおじさんはダメだ」「脱おじさん社会」のように、世代や年齢でまるっとまとめて、排除するようなコミュニケーションでは、ますます世代を分断させてしまいます。
性別も、年齢も、価値観も含めて、すべてが多様な個性のはず。多様な世代が、もう少し分かり合うことができたらいいなと思いますし、それぞれの強みを生かして各世代が一つのチームになり、楽しく働けたらいいのになと思います。
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