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【悲報】今や若者の半数以上が「オタク」…この四半世紀でどう変わったのか?

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1 :2021/05/16(日) 23:54:40.70 ID:I5q1/hPM9.net

◆ 今や若者の半数以上が「オタク」…この四半世紀でどう変わった

■ ふたりにひとりが「オタク」の時代

――オタクとギャルをめぐる変化の流れについて、まずはうかがえれば。

大倉 1990年に宮台真司さんが首都圏で行った調査では「自分にはオタクっぽいところがあると思う」に「はい」と答えた割合は13.4%でした。2005年、2009年、2015年に同様の調査をしていますが、「はい」の割合がどんどん増えて最新では半数を超えています。ふたりにひとりもいるともはや「オタク」というグループが成立していない。「誰がオタクなのか?」を定義して分析することが非常に難しくなっています。また、漫画、アニメ、ゲームの消費度合いやオタクを自認するかどうかに関しても、大都市圏の杉並に顕著に多かったのが、最新調査では地方都市である松山と差がなくなっています。つまり、いわゆるオタクコンテンツは非常にポピュラーなものになった。一方で「ほかのことを犠牲にしてまで何かに熱中する」というかつてオタクと言われたときにイメージされる人の割合は減っているのではないかと言えます。

 かつては秋葉原など情報とモノが集積した場所に行かないといけなかったのが、デジタルコンテンツの普及でそうではなくなったという意味では、オタク文化も似ていますね。テレビの地上波アニメにしても、かつては「うちの県ではテレ東系列の放送局がないから観られない」といった地域格差がありましたが、今は配信が充実していて日本のどこにいても観られますから。

 僕の論文では現在のオタクには、コンテンツをひとりで消費する、孤独耐性が高いけれども自己肯定感は低いという従来型の「消費優先型オタク」と、流行を友人と共有しつつ恋愛にも活用する、自己肯定感が高いが孤独耐性は低いという新たに目立つようになってきた「共有優先型オタク」の2種類が存在するのではないかと書きました。深くひとりで鑑賞・耽溺することよりも、「応援上映」などを通じて友達といっしょに消費することのほうに、より楽しみを見いだす層が台頭してきているという印象があります。

 もっと言うとオタク文化ではネットの普及に伴って価値観の「変化」があったというより「拡散」してしまった。かつてオタクはたんに漫画やアニメが好きというだけではなく、ある種の人格類型でありライフスタイルだとみなされていた。その前提が今では通用しない。だからこそたとえば「オタク趣味のあるギャル」が普通に成立するようになりました。 

▽ 記事内容を一部引用しました。全文はソースでご覧下さい
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82610

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◆ 日本の「オタク」と中国の「宅男、宅女」に存在する、微妙なニュアンスの違い=中国メディア 

中国のポータルサイト・百度に13日、「日本は二次元文化大国なのに、どうして日本人は『オタク』を毛嫌いするのか」とし、日本語の「オタク」と中国語の「宅男」、「宅女」の間に存在する微妙なニュアンスの違いについて紹介する記事が掲載された。
記事は、中国ではマンガやアニメ、ライトノベルを愛好し、関連の活動に参加する人全員を「宅男」、「宅女」と呼ぶと紹介。
あくまで中立的な性質の言葉であり、ネガティブなニュアンスを持つものではないと伝えた。

一方で、日本の「オタク」という言葉は「究極のネガティブワード」であり、社交性に乏しくほぼ一日中自分の部屋に閉じこもりゲームをしたりアニメを見たりする人を指すと説明。
仕事をせず、親のすねをかじって生活する、学校でいじめられたり、社会から排除されたりするといったイメージさえも帯びているとした。
また、「心が幼稚、行動が過激、服装がダサい、ひねくれている、三次元と二次元の区別がつかない、現実逃避している」などといったネガティブなレッテルを張られることが多く、ひとたび「オタク」であることが周囲に見つかると、他人から差別や言葉の攻撃を受ける可能性もあると紹介。
それゆえ、自身の愛好と日常生活や仕事とのバランスをとるため、大多数の「オタク」は自分の趣味をできる限り隠そうとするのだと伝えている。

http://news.searchina.net/id/1699209?page=1